創作童話

とくとく貯金

ある日、こうちゃんは公園で遊んでいて、百円玉を拾いました。 友達にそのことを言うとみんなが、「おまえ、得したなあ」 と、うらやましそうに言いました。

「得しちゃった」 こうちゃんもそう思いました。

こうちゃんは家に帰るとまっすぐに自分の部屋に行き、拾った百円玉を自分の貯金箱に入れました。 「チャリーン」 とてもいい音がしました。 それから手を洗って、お母さんのいるキッチンに行きました。 こうちゃんは得意になって、そのことをお母さんに話しました。 『僕が得したんだもの。 お母さんだってうれしいに違いない』 こうちゃんはそう思いました。

 

でも、それを聞いたお母さんは、とても悲しそうな顔をして、「貯金下ろしちゃったね」 と言いました。 「僕は貯金なんか下ろしていないよ。 拾った百円で得したんだ。 僕の貯金は増えたんだよ」 こうちゃんはお母さんの言っている意味がわかりませんでした。 貯金なんておろしていないのに・・・。


お母さんは、こうちゃんを椅子にすわらせ、自分もこうちゃんの前にすわりました。
「こうちゃんは貯金を下ろしちゃったのよ」 お母さんはもう一度言いました。 「人間はね、みんなとくとく貯金の通帳を持って生まれてくるの。 でも、とくとく貯金に預けるものはお金じゃないの」 「えっ!お金じゃなかったら何を預けるの?」 

こうちゃんはお金を預けない貯金なんて知りません。

 

「預けられるのは、”徳” というものなの。 とくとくって、徳を得ると書くのよ。 徳は、お金よりずっと大事で、お金よりずっと力のあるものなの。」
「ホント? 徳でおもちゃが買えるの?」
「ううん、おもちゃやお菓子は買えないわ。 でもね、もっと大きなものが手に入るのよ。 人間はね、50年も60年も生きるでしょ。 その間に、何回も困ったことや苦しいことに出会うのよ。とくとく貯金はね、『ああ、もうダメだ』 っていうくらい困ったことに出会った時助けてくれるの」

 

こうちゃんはびっくりしました。 困ったときに助けてくれる貯金なんてすごいやと思いました。でも、どうやって助けてくれるんだろう? こうちゃんはお母さんに聞きました。
「どうやって助けてくれるの?」
「困った時に、一番必要なものになって助けてくれるのよ。 とくとく貯金は人になったり、物になったり、アイデアとかひらめきになったり、時にはお金になったりして助けてくれるの」
「すごい!!」
「そうよ、とくとく貯金がいっぱいあればあるほど、大きな力で助けてくれるのよ」


どうしたらとくとく貯金が増えるんだろう? 一体何を預けるんだろう?
「今日拾った百円玉は預けられないの?」 こうちゃんはお母さんにたずねました。
「それはできないわ。 できないし、拾った百円はこうちゃんのものじゃないでしょ。 人のものは預けられないのよ」
「じゃあ、僕のおもちゃとか本なら預けられる?」
「ううん、とくとく貯金はね、目に見えるものは預けられないの」

 

「えー、じゃあ一体何を預けられるの?」
「そうねえ、とくとく貯金にあずけられるものは、人を喜ばせることとか、人の役に立つこととかよ。 良いことをすれば、とくとく貯金は増えるの」
「ふ~ん、どんなことかなあ?」
「たとえば、電車やバスでお年寄りに席をゆずってあげるとか、人の落としたゴミを拾ってゴミ箱に捨てるとか、自分のゴミをちゃんと捨てるのは当たり前だからね。 動物をかわいがってあげるのもいいわねえ。 それに落し物を交番に届けるのもね」


「アッ!僕拾った百円玉を届けなかった。 ねえ、そしたらどうなるの?」
「良くないことをしたら、とくとく貯金が減っちゃうのよ」
「そうか・・・ だからお母さんは、僕が拾った百円玉を貯金箱に入れたって言った時、貯金を下ろしたって言ったんだね。 ぼくはとくとく貯金減らしちゃったんだ・・・」
「残念ながらそうね」

 

「ねえねえ、他にどんなことをしたら、貯金減っちゃうの?」
「そうねえ、いっぱいあるわねえ。 人の物を盗ったり、こわしたりすること。 おもちゃとか本を大事にしないこと。 それに、好き嫌いをして、食べ物を平気で残したり、捨てちゃったりするのもダメね」
「うわぁー、じゃあ僕嫌いなピーマン食べないで捨てちゃったら、貯金減っちゃうの?」
「ピーマンはこうちゃんに嫌われて悲しんでいると思うな。 人を悲しませたり、困らせたりすると貯金はいっぺんにたくさん減っちゃうの」
「ホント?!」
「それに、お友達の悪口を言ったり、いじめたりすること。 それは、人を傷つけることになるのよ。 心が血を流すの」
「僕が指を切った時みたいに?」
「そうよ。 指を切ったら痛いでしょ。 心の傷は見えないけど、痛いのは同じなのよ」
「そうか・・・ かわいそうだね。 僕明日から、とくとく貯金をいっぱいするよ」
「そうね。 お母さんもするわ。 競争しよう!」
「うん!!」

                    


次の日、こうちゃんは、学校へ行く途中で落ちていたゴミを拾ってゴミ箱に捨てました
学校では、友達の悪口を言わないように気をつけました。 学校からの帰り道では、前を歩いていたおばあさんがつまずいてころびそうになりました。 その拍子にカゴに入れていたミカンが落ちてころがりました。 こうちゃんはすぐに走って行って拾ってあげました。

 

こうちゃんはなんだかうれしくなりました。 貯金がいっぱい貯まったような気がしました。
家に帰ると、ニコニコしているこうちゃんを見てお母さんは言いました。
「こうちゃん、今日はとくとく貯金をためたのね」
「うん。 でもね、おかあさん。 僕が今日良いことをした時、誰も見ていなかったんだ。 それでも貯金は増える?」
「もちろんよ。 誰も見ていない方がいいくらいよ。 とくとく貯金は、お空の上にあるのよ。 空から見れば、こうちゃんが良いことをしているか、悪いことをしているかすぐわかるもの。 誰かが見ているから良いことをするんじゃないのよ。 誰も見ていなくても、お空がみてるわ。 悪いことも同じ、お空が知ってるの。」
「そうだね」
こうちゃんは安心しました。 明日も良いことをしようっと。

 

次の日、こうちゃんは、お母さんと一緒に電車で買い物に行きました。 こうちゃん達が電車に乗った時は、ガラガラだったので2人とも座れました。 でも、3つ目の駅で人がいっぱい乗ってきました。 そして、こうちゃん達の前に大きな荷物を持ったおばあさんが立ちました。
こうちゃんとお母さんはすぐに立って、おばあさんに席をゆずってあげました。
2人は顔を見合わせ、ニッコリ笑いました。 お母さんが 「徳したね」 と言いました。
こうちゃんもその意味がすぐにわかりました。 そして 「うん、とくしたね」 と答えました。
前に座ったおばあさんが、キョトンとした顔をしたので、2人はおかしくなりました。
家に帰ってからも、こうちゃんはとても幸せでした。 おこずかいをもらった時より、うれしいような気がしました。 お母さんもうれしそうです。

 

 仕事から帰ってきたお父さんは、2人がニコニコしているので不思議がりました。
「お前達、今日なんかうまいもんでも食ったのか?」 お父さんが聞きました。
「ええ、今日は2人ともとくしたから、心が満腹なの」 とお母さんが言いました。
そして、お母さんとこうちゃんはゲラゲラ笑い出しました。 それにつられて、お父さんも笑い出しました。 こうちゃんは、『僕んちの貯金が増えた』 そう思いました。

 

 次の日はお父さんの会社が休みです。 こうちゃんはお父さんもとくとく貯金をしているかちょっと心配になりました。 そこで、お父さんがタバコを買いに出かけたすきに、お母さんに聞きました。
「ねえお母さん、お父さんもとくとく貯金してる?」
「もちろんよ。 考えてごらん。 お父さんは、毎日一生懸命お仕事しているでしょ。 誰のためだと思う?」
「お父さんが働かなかったら、お母さんと僕困るよね。 だったら、お父さんは、僕たちのために仕事をしているのかな」
「そうよ。 だから、お父さんは人のために頑張ってるわけでしょ」
「そうか! お父さんは僕たちのために働いているんだもんね。 父さんのとくとく貯金もいっぱい貯まってるね」
「きっとそうね」 おかあさんも言いました。

 

 しばらくすると、お父さんが鼻歌を唄いながら帰ってきました。 こうちゃんはお父さんに 「おかえり!」 と言って飛びつきました。 そして、お父さんに小さな声で聞きました。
「ねえ、お父さんのとくとく貯金どれくらい貯まっているの?」

 

 お父さんは、夕べお母さんからとくとく貯金のことを聞いていました。 お父さんは心の中で、 『そらきた!』 と思いました。 そして、こうちゃんの耳元でこう言いました。
「こう太とお母さんのを足したより、もっと多いぞ」
「うわぁーホント?! 父さんはどんなことをして貯めてるの?」
「父さんは、まず一生懸命仕事をすることだろ。 それに、お母さんを大事にすること。 それから,こう太が悪いことをした時に叱ることだろ」
「ちょっと待って! 僕を叱るととくとく貯金が貯まるの? そんなのいやだー!」
「こう太が悪いことをしていないのに、父さんが叱ったりしたら、父さんの貯金は減ってしまう。でも、子どもが悪いことをした時に、きちんと叱るのは親の仕事なんだ。 だから、父さんが親の仕事をちゃんとしなかったら、貯金は減ってしまうってわけさ」
「じゃあ、僕が悪いことをしなければ、父さんは叱らないよね」
「当たり前だろ。 父さんも貯金減らしたくないからなあ」

 

「ねえねえ、他にはどんなことをしたら父さんの貯金増える?」
「そうだなぁ、いっぱいあるからなあ。 こうして、こう太といろいろなことを話すのもいいしなあ。
それに、こう太に弟か妹を作ってやることかなぁ」
「えっー! 僕の弟か妹?」 こうちゃんは思わず大声で叫びました。
「コラコラ、びっくりするじゃないか」
「だってー、赤ちゃんができるの?」
「そうだよ。 もうママのおなかの中にいるんだ」

 

「えっー!」 こうちゃんはびっくりしました。 弟か妹ができる・・・ こうちゃんは、正直言うと、赤ちゃんにお父さんとお母さんを取られるんじゃないかと不安に思いました。
お隣の健君も、妹が出来きてから、お母さんがずっと赤ちゃんばかり面倒をみるので、つまらなさそうでした。 時々健君が、お母さんのいないすきに、赤ちゃんをたたいているのを、こうちゃんは見たことがあります。 僕のお母さんも僕のことかまってくれなくなるんじゃないか・・・ こうちゃんはそう思いました。


その時、お父さんが言いました。
「赤ちゃんはかわいいぞー。 こう太もすごくかわいかったぞ。 でも、赤ちゃんを育てるのはたいへんなんだ。 夜中に何回も泣くし、おしめはしょっちゅう替えなきゃならないし、風邪をひいて熱を出したり、いろいろなことが起こるんだ」
「そんなにたいへんなら、産まなきゃいいのに」 こうちゃんは言いました。
「そうだなあ、やめても良かったんだけどな。 でもな、こう太が大きくなった時のことを考えてごらん。 父さんと母さんが年を取って死んじゃった時、兄弟がいなかったら淋しいぞ。 父さんは兄弟がいないだろ。 でも、母さんには3人も兄弟がいる。 だから、こう太もあきおばさんちやとしおじさんちや、ひろおばさんちに遊びに行けるだろ。 大勢で飯食ったら楽しいもんな」
お父さんは、お正月に、あきおばさんちにみんなで集まった時のことを思い出していました。

 

 「母さんはたいへんなんだ。 もう一人赤ちゃんを産んで育てるのは・・・ だけど、赤ちゃんが出来たら、こう太も自分がどんな風に母さんに育ててもらったかわかるぞ。 生まれてくる赤ちゃんにすることは、こう太にも全部してくれたんだから。 だから、こう太もこんなに大きくなれたんだぞ」
そうなんだ・・・ こうちゃんは心の中で思いました。 もちろん、こうちゃんは、自分が夜中に何回も泣いたことや、インフルエンザにかかって高い熱を出し、母さんが徹夜で看病してくれたことも、1歳の時に、近所の子どもが遊びに来て落としていったキャンディをのどにつめて、死にそうになったことも覚えていません。 その時は、お母さんが、こうちゃんを逆さまにして、背中を必死でひっぱたきました。 それでも、キャンディが出てこなかったので、お母さんは指を突っ込んで、引っ張り出したのでした。

 

「でもな、母さんはたいへんだとわかっていても、産むことにしたんだ。 そしたら母さんのとくとく貯金は増えるんだ。 父さんは母さんを助けてあげるだろ。 そしたら、父さんの貯金も増えるしな。 それに・・・」 父さんは、こうちゃんのほうをしっかり見て言いました。
「こう太が、育ててくれた母さんにありがとうという気持ちを持てば、こう太の貯金も増える。 それから、生まれてきた赤ちゃんをかわいがってやれば、もっと増えるぞ」
「ホント!?」 こうちゃんは、自分のとくとく貯金が増えると聞いて、ちょっぴりうれしくなりました。
「早く生まれてくればいいのにね。 僕かわいがるよ」
「そうしような。 赤ちゃんは家の中で一番弱い存在なんだ。 みんなで守ってやろうな」
「うん!」 こうちゃんは元気良く返事をしました。


「ごはんできたわよー!」 お母さんがキッチンから呼びました。 こうちゃんとお父さんがニコニコしているので、お母さんが気持ち悪がりました。
「なーに? 2人でコソコソ内緒話してたでしょう?」
「まあな。 男同士の話さ」 父さんがこうちゃんのほうを見てウィンクしました。
「嫌だわ、2人とも」 お母さんが言いました。 こうちゃんは、お母さんのおなかを見ました。 まだ全然大きくなっていません。 本当に赤ちゃんがいるのかなあと心配になりました。

 

でも、こうちゃんは、お母さんが時々おなかをさすっていることに気づきました。 『やっぱりいるんだ』 こうちゃんは心の中で言いました。
『僕、赤ちゃんの分も、とくとく貯金しよう。 そして、赤ちゃんが困った時、僕の貯金で助けてあげるんだ』
こうちゃんは、一人でそう決心しました。

 

 それから、7ヶ月経って、こうちゃんに妹ができました。
その頃には、こうちゃんのとくとく貯金はいっぱい貯まっていました。 時々、下ろしてしまうこともあったけど、その時は、同じ失敗をして、また下ろしてしまうことがないように気をつけようと思いました。
こうちゃんの貯金は誰にも見えません。
だんだん大きくなるにつれて、こうちゃんは、自分がとくとく貯金をしていることも忘れてしまいました。
でも、こうちゃんは知っていました。 とくとく貯金が、いつかこうちゃんが本当に困った時に助けてくれるんだと。

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